修論公聴会要旨

(1) ウシ卵母細胞の超低温保存に関する研究
金森 明 (1997年4月入学/1999年3月修了)
【目的】超低温保存したウシ卵母細胞に由来する子牛の生産例は報告されているものの卵母細胞の超低温保存後の生存性は精子や初期胚と比較して著しく低く, 哺乳動物とくに家畜種において卵母細胞を超低温保存するには多くの問題点が残されている. そこで本研究では, 体外成熟過程におけるウシ卵母細胞の核相が超低温保存後の受精成立に及ぼす影響について二段階凍結法とガラス化保存法の両方を用いて調べ, さらに胚盤胞発生率を指標にガラス化保存法における急速冷却までの平衡工程, ならびに加温後の凍害保護物質の希釈工程を最適化しようとした. 【方法】ウシ卵丘卵母細胞複合体を0, 6, 12あるいは24時間成熟培養し1.5 Mエチレングリコール(EG)と0.1 Mシュクロース(Suc)を凍害保護物質とした二段階凍結法(-35℃まで緩速冷却して脱水後, 液体窒素に浸漬)と, 7.2 M EG, 0.0026 Mフィコール, 0.3 M Sucを保護物質としたガラス化保存法(常温で高溶質環境にさらして脱水後, 液体窒素に浸漬)によって超低温保存した. その後, 超低温保存前後の成熟培養時間の合計が24時間になるよう追加培養してから体外受精し, 受精率や受精様式を調べた. またガラス化卵母細胞の胚盤胞発生能は低酸素濃度下の合成卵管液における体外培養によって評価し, このときガラス化前のEGでの処理条件(濃度, 時間, 温度), ならびに加温後の保護物質の希釈条件(Suc濃度, 段階数)について最適化を試みた. 【結果と考察】二段階凍結法の場合は未成熟な卵母細胞ほど機械的に損傷を受ける割合が高く, 総処理卵母細胞を母数とする受精率は成熟段階の進行につれて高くなったが, 多精子受精のような異常受精も多くなった. 一方ガラス化保存法では形態正常卵率は体外成熟段階に係わらず85%以上で, 正常受精率は成熟培養12時間目(第一減数分裂中期)にガラス化したときの値(36%)がもっとも高くなった. このようにウシ卵母細胞は核成熟が進行途上の時期にガラス化保存法によって超低温保存することが望ましいと思われた. この方法では卵母細胞は25℃下で3.6 M EGに10分間さらした後にガラス化保存液へと移され, 加温後の保護物質の除去は0.5 M Sucを介して一段階で行ったが, 体外受精後の胚盤胞発生率は非ガラス化対照群の1/5程度(5%以下)であった. 加温後に移すSuc希釈液の濃度は2.0 Mにまで上げると胚盤胞への発生例は得られなくなった. またEGでの前処理を低温(15℃)で行った場合には形態正常卵率が低下し, 高温(35℃)で行った場合には初期分割能に支障をきたした. したがってEGでの前処理は1.8 Mで10分間さらすか, 3.6 Mで3分間さらすのが適当と思われた. ガラス化したウシ卵母細胞から胚盤胞発生率に基づいて実用可能な蘇生率を得るためには, 保存液の種類や濃度, 冷却・加温速度のような低温生物学的パラメータを抜本的に見直す必要があるかもしれない.


(2) トランスジェニックラットの雄性生殖細胞を用いた顕微授精に関する研究
加藤 めぐみ (2000年4月入学/2002年3月修了)
[YSニューテクノロジー研究所 内地留学]
【目的】ラットは薬理学, 行動学, 毒性学などの分野で多用されている実験小動物で, 外来遺伝子を導入したトランスジェニック (Tg) ラットはヒト疾患モデル動物としても利用されている. しかしTg動物は導入遺伝子が精巣で発現したりすると精子形成に異常を起こして雄性不妊となり, 系統の継代が困難になることも少なくない. 雄性生殖細胞を卵細胞質内に顕微注入すること (精子の場合: ICSI, 円形精子細胞の場合: ROSI) でこのような不妊系統は救済できると期待されるが, ラットではこれらの顕微授精技術の成功例は報告されていない. 本研究ではラットにおけるICSIおよびROSI技術を確立し, 雄性不妊Tgラットの継代へ利用することを試みた. 【方法】GFP遺伝子をホモにもつTgラット (GFP: 正常) またはヒトαLA/TK遺伝子をヘテロにもつTgラット (LAC3: 不妊) から採取した精巣上体尾部精子を, ピエゾマイクロマニピュレーター (PMM: 顕微操作中の卵細胞質膜に対するダメージが少ない) を用い, 過剰排卵誘起した若齢雌ラットに由来する排卵卵子に顕微注入した. このとき精子尾部は超音波処理により切断しておき, ICSIするまで凍結保存しておいた. また精子頭部の注入方法によって外径の異なる注入ピペット (2〜4または7〜10 µm) を用いた. 一方ROSIでは, 正常雄ラットの精巣から調製した円形精子細胞を外径5〜6 µmの注入ピペットでPMM制御し, あらかじめSrCl2で活性化誘起しておいた卵子に顕微注入した. またLAC3-Tgラット由来の円形精子細胞は, 凍結融解した後にROSIに供試した. ICSI/ROSI後の生存胚は翌日に卵管采移植し, 移植から21日目に帝王切開して産仔発生個体の有無を調べた. 【結果】GFP-Tgラット精子を用いたICSIにおいて, 外径2〜4 µmの注入ピペットの使用は7〜10 µmのピペットの場合と比較してICSI卵子の生存率, 正常受精率, 卵割率を向上させた. そして2〜4 µm径のピペットを使用して作製したICSI由来胚を移植したときのみ, 移植胚の6.1%の割合で生存産仔が得られた. LAC3-Tgラット精子の頭部は形成不全のように見え, ICSI後の卵子の正常受精率や卵割率もかなり低く, 移植しても1例の産仔も得られなかった. そこでROSI技術の開発へと展開し, 正常雄ラットの円形精子細胞を用いて産仔が得られることを確認した (産仔発生率0.5%). 次にLAC3-Tgラットをの円形精子細胞を用いてROSIによる継代を試みたところ, 移植胚の1.4%の割合で生存産仔が得られ, LAC3遺伝子の保有例も認めた. 【結論】外径の小さな注入ピペットをPMM制御することによって, ラット精巣上体精子頭部のICSIに由来する個体発生可能な受精卵を作製できた. またラット精巣から調製した円形精子細胞をSrCl2で活性化誘起した卵子にROSIすることで産仔発生例が得られた. ICSIは精子頭部が形成不全の不妊トランスジェニックラットの継代に利用できなかったが, ROSIがその目的のために適用できた.


(3) ラット卵母細胞の活性化誘起と移植体細胞核の染色体凝集誘起に関する研究
武内 歩 (2002年4月入学/2004年3月修了)
[中董奨学会 奨学生]
【目的】ES細胞株が樹立されていないラットでは, 特定遺伝子機能を破壊したノックアウト個体を作製しようする場合に核移植によるクローン作製技術が適用可能と考えられる. 昨年9月に体細胞クローンラット誕生の記事がサイエンス誌に掲載されたが, 発表したグループを含めたいずれからもこの結果の再現性は示されていない. マウスではG0/G1期ドナー体細胞核を除核未受精卵に顕微注入し, 早期染色体凝集 (PCC) を経てから塩化ストロンチウム (Sr2+) で活性化誘起すれば, ある程度の割合でクローンマウスが誕生してくる. 本実験ではクローンラット作製のための核移植技術を確立することを目的とし, ラット卵母細胞の活性化誘起条件, ならびに移植体細胞核の効率的なPCC誘起条件を検討した. 【方法】(実験1) Wistar系雌ラット由来の排卵卵子を裸化し, Sr2+ (0.31〜5 mM;6時間) 処理から34時間後の単為発生的卵割により活性化誘起率を調べた. またCa2+とMg2+を含まない培地での処理 (1.5時間) がラット卵子の活性化に及ぼす影響を調べ, 二価陽イオン不含環境とSr2+処理との相乗効果の有無を調べた. (実験2) 顕微注入した卵丘細胞核におけるPCCの発生を注入1時間後にヘキスト染色して評価した. このとき, 卵子採取の時期 (hCG後14 vs 17時間), 核注入完了までの時間 (屠殺後30 vs 45 vs 60分), 卵子の加齢化 (屠殺後45 vs 120分), ラットの週齢 (4〜5 vs >10週齢) と系統 (Wistar vs LEW vs Donryu vs F344), 除核操作の有無, のそれぞれの影響について調べた. さらに加齢化前後または除核前後のWistar系ラット卵子およびBDF1マウス卵子のM期促進因子 (MPF) 活性をp34cdc2 kinaseアッセイキットを用いて測定し, PCC誘起効率との関係を検討した. 【結果】(実験1) 5mM Sr2+の6時間処理はラット卵子には有害で, 34時間後に28%しか生存していなかったが, 1.25 mM以下の濃度では生存性に影響を与えず, 0.31 mMのときに45%, 1.25 mMのときに57%という活性化卵率が得られた. Ca2+不含培地, Mg2+不含培地, Ca2+/Mg2+不含培地で処理するとそれぞれ, 8, 2, 23%の活性化卵率が得られたが, Ca2+/Mg2+不含培地処理と1.25 mM Sr2+処理を併用しても活性化卵率は44%に過ぎなかった. (実験2) Wistar系かLEW系の4-5週齢の雌ラットに過剰排卵を施し, hCG 14時間後に卵子を採取して45分以内に細胞核の顕微注入を完了すると, 他の実験区よりも効率的にPCCが誘起された (41〜49% vs 0〜25%). しかし, ラットでは加齢化が進んだ卵子や除核した卵子に顕微注入した体細胞核はまったくPCCを起こさず, このことは除核卵子中でも93%の移植体細胞核がPCCを起こすマウスの場合とはまったく異なっていた. MPF活性の測定から, ラットは元々のMPFレベルがマウスよりもかなり低く, 卵子の加齢化や除核はさらにそのレベルを下げることがわかった. 以上, ラットの核移植技術を完成させるには, 細胞周期の進行に直接関与するMPFレベルをどう制御するかが鍵になると思われる.


(4) ウサギ前核期卵のガラス化保存に関する研究
寺尾 竜馬 (2001年4月入学/2004年9月修了)
[調査捕鯨船・日新丸 搭乗 / タイ王国・スナラリー工科大学 留学]
【目的】外来DNA溶液の前核内顕微注入によるトランスジェニック動物の作製は凍結保存した前核期卵を用いることで計画的に行えるが, この時期のウサギ卵子の耐凍性は極めて低い .これまでに本研究室では, 二段階緩慢冷却法により凍結保存したウサギ前核期卵から産仔を得ることに成功している. しかしその発生率は低く, 実用的な技術とは言えなかった. 近年, ガラス化保存法による凍結保存技術が脱水効率の悪い細胞に有効と考えられるようになったが, ウサギ前核期卵への適用では最高でも18%の体外生存率が報告されているに過ぎない. 本研究では, 従来のガラス化保存法よりもさらに急速な冷却行程をもつことを特徴とする3種類のガラス化保存法をウサギ前核期卵に適用し, 加温後の体外蘇生率を比較する. そして最も有効と思われた方法についてさらに最適化を進め, 実用的に利用可能なウサギ前核期卵のガラス化保存法を確立する. 【方法】日本白色種成熟雌ウサギに3アーマー単位のFSHをPVPに溶解して単回投与することにより過排卵誘起した. 75単位のhCG投与後ただちに交尾させ, 17時間後に卵管を還流して前核期卵を採取した. 比較した超急速ガラス化保存法は, ゲルローディングチップ法, クライオループ法, クライオトップ法である. ゲルローディングチップ法及びクライオループ法では, 20% エチレングリコール (EG) + 20% DMSO + 0.6 M スクロース (Suc) を, クライオトップ法は15% EG + 15% DMSO + 0.5 M Sucをそれぞれのガラス化保存液の凍害保護物質 (CPA) 組成とし, 保護物質の添加・平衡・希釈方法についてはそれぞれの方法の原著に従って行った. (実験1) 加温卵子を20% FCS添加TCM199で96時間まで培養し, 胚盤胞への発生率を調べた. また一部の卵子は72時間培養して桑実胚~胚盤胞に発育させてからガラス化保存した. (実験2) クライオトップ法について, 細胞透過型CPAをEG/DMSOの等量混合からどちらか一方への単独化, 低濃度CPAへの添加時間の3分から10分への延長, といった変更が加温卵子の体外蘇生率を改善するかを調べた. さらに最適と考えられた条件下でガラス化した前核期卵を受胚雌に移植し, 産仔への発生率を調べた. 【結果】(実験1) 桑実胚~胚盤胞でガラス化した場合, いずれの方法でも80〜93%という良好な蘇生率が得られた. これに対し前核期卵では, すべてのガラス化法で加温直後の形態正常卵率は高かった (74〜98%) が, クライオトップ法でのみ胚盤胞への発生が認められた (24%:新鮮対照区の胚盤胞発生率 (65%) との間に有意差あり). クライオトップ法において, ガラス化保存液組成や添加・平衡・希釈条件を他の2方法に準じて前核期卵を保存した場合にも46%の胚盤胞発生率が得られた. (実験2) クライオトップ法において使用CPAをEGあるいはDMSO単独とした場合, 加温卵の胚盤胞発生率は0〜6%に低下した. 低濃度CPAへの添加時間については, 卵細胞体積の回復率は3分目では84%だったのが10分目では92%となり, 加温卵の胚盤胞発生率も3分区では31%だったのに対し10分区では51%にまで改善された. この条件下でガラス化した前核期卵からの産仔発生率は36%となり, 新鮮対照区の値 (53%) との間に有意差は認められなかった. 【結論】クライオトップをデバイスとする超急速ガラス化法がウサギ前核期卵に有効で, 冷却前の卵細胞内にCPAを十分に透過させることが蘇生率の改善にとって効果的だった. 胚移植後に得られた産仔率から, 本改良法はウサギ前核期卵の実用的な凍結保存法になるものと期待される.


(5) クジラの受精生理に関する研究 − 精子由来卵活性化因子と微小管形成中心機能の解析 −
雨宮 和絵 (2004年4月入学/2006年3月修了)
[日本学生支援機構 第1種奨学金 全額返還免除生]
【目的】受精の過程で, 精子が卵細胞質内に持ち込んで減数分裂再開の引き金を引く物質を精子由来卵活性化因子 (SOAF) と呼んでおり, 細胞内カルシウムイオン濃度 ([Ca2+]i) の反復上昇, すなわちCa2+オシレーションが続いて起こる. また受精直後の卵子には中心体を起点とした星状体ができ, ここから発達した微小管繊維網が雌雄両前核を卵子の中央に移動させる役割を担い, 胚発生のための第一細胞周期へと誘導する. この起点を微小管形成中心 (MTOC) と呼んでおり, 多くの哺乳類で精子由来の中心体がその機能を提供するという. 海棲哺乳類の受精生理に関わる情報は極めて少ないので, 本研究では南極海棲クロミンククジラの精子ならびに精子形成途上の半数体精子細胞を用い, それらが持つSOAFと[Ca2+]i動態との関係, およびMTOC活性について調べた. 【方法・結果】(実験1) SOAFの種特異性は低いので, 自発的に活性化しないF1マウス排卵卵子へ異種顕微授精して[Ca2+]i を追跡したり, 減数分裂の再開率を調べたりすることでその活性を評価できる. Ca2+の蛍光指示薬, Fluo-3AMで処理したマウス卵子にクジラの精管精子, 精巣から調製した円形精子細胞, 初期 / 後期伸張精子細胞, 精巣精子をそれぞれ顕微注入し, 共焦点レーザー顕微鏡下で [Ca2+]i の動態を3時間観察するとともに, 個々の卵子の核相を評価した. その結果, 精管精子 / 精巣精子 / 伸張精子細胞の注入卵には正常パターンの他に短周期パターンのオシレーションが観察されたが, そのパターンに関わりなくほとんどの卵子が活性化していた. 一方, 円形精子細胞にはSOAF活性はまったく認められなかった. (実験2) MTOCが精子の中心体に由来する場合, ウシ成熟卵子へ顕微授精することで精子星状体が観察される. 異種顕微授精から4時間後にα-チューブリンの免疫染色とDAPIによる核染色を施したところ, クジラ精子の頸部から星状体ができ, 微小管繊維網を卵細胞質全体に拡げてくることがわかった. 顕微授精卵子にエタノール / 6-DMAPの併用処理により活性化誘起してもMTOC形成卵率は変わらなかったが, 微小管繊維網の成長は速くなった. さらに各種クジラ半数体精子細胞を顕微授精してそれらの中心体がMTOCとして機能できるようになる時期を調べたところ, 初期伸張精子細胞以降で星状体形成例が得られてきた. 【結論】クジラの精子形成過程におけるSOAFの獲得時期は伸張精子細胞以降で, 卵子活性化につながる反復パルス性のオシレーションを示すようになる時期と一致していた. また, 伸張精子細胞以降の半数体生殖細胞はMTOCとして機能しうる中心体を持っていることもわかった. 海洋哺乳類の資源保存を目的とした胚盤胞の生産にこれらの知見が活用されると期待したい.


(6) ラットA型精原細胞の体外分化誘導に関する研究
岩浪 亮人 (2004年4月入学/2006年3月修了)
【目的】本研究の目的は, ラットにおいて雄性生殖幹細胞であるA型精原細胞をセルトリ細胞との共培養系で半数体の円形精子細胞に分化させることである. この体外培養系が確立できれば, 精子形成の分子メカニズムを解析するのに寄与することに加え, 長期培養したA型精原細胞に相同遺伝子組み換えを施し, 選抜されたA型精原細胞から分化誘導・顕微授精を介してノックアウトラットを作製するという, 新たな遺伝子改変動物の作製系を開発することにもつながる. 【方法と結果】7日齢のウィスター系雄ラット精巣からA型精原細胞とセルトリ細胞を調製し, 表面処理の施された初代培養用ディッシュ (Becton Dickinson #35-3801) または表面未処理のディッシュ (Becton Dickinson #35-1008) に各4 ml を播種し, まず37℃で3日間, その後34℃で7日間, 5% CO2, 95%空気の湿潤気相下で培養した. 培養の進行につれていずれのディッシュ上でも円形精子細胞様の細胞が観察されたが, 表面処理ディッシュの方がより多くの円形精子細胞様細胞が出現してきた. EGFPヘテロのトランスジェニックラットをA 型精原細胞のドナーとして用いて培養後の遺伝子分配を解析したところ, 表面処理ディッシュにおいて期待値どおり約半数 (53.5%) の円形精子細胞様細胞で蛍光発現が見られたのに対し, 表面未処理ディッシュにおいてはその割合は94.2%にも上った. また培養細胞の倍数性分布をフローサイトメトリーで解析したところ, 表面未処理ディッシュで得られた円形精子細胞様細胞は培養前と同じ倍数性分布を示した一方, 表面処理ディッシュで得られた円形精子細胞様細胞には半数体であることを示す大きなピークが得られた. そこで表面処理ディッシュ上での培養によって得られた円形精子細胞様細胞が正常産仔への発生寄与能を有しているかを調べるため, 活性化処理を施したラット卵母細胞へ顕微授精した. 143個の顕微授精卵を卵管に移植したレシピエント雌を分娩予定日に帝王切開したが, 8個の着床痕が確認されただけで正常産仔を得ることはできなかった. 円形精子細胞で特異的に発現されると報告されている3種の遺伝子, PRM-2, TP1, TP2の円形精子細胞様細胞における発現をRT-PCRによって調べた結果, PRM-2 のmRNAは検出されたものの, TP1およびTP2のmRNAは検出されなかった. 【結論】ラットA型精原細胞はセルトリ細胞の付着・成長に有効な表面処理ディッシュ上で共培養すると減数分裂を起こし, 円形精子細胞様に形態的分化を遂げた. しかしこの細胞がもつ正常産仔発生に対する寄与は証明できず, 核タンパク変遷に関わる遺伝子発現が不完全だったことが示唆された.


(7) ブスルファン投与によりラットに誘起される精子幹細胞の枯渇に関する組織学的研究
林 文立 (2005年4月入学/2007年3月修了)
[ロータリー米山記念奨学会 奨学生]
【目的】マウスではアルキル化剤のブスルファンを妊娠母体経由で, あるいは雄新生仔に直接投与すれば精細管内の精原細胞が除去され, 外来性の精子幹細胞を移植するレシピエントとして用いることができる. ラットでもブスルファンを母体投与すれば雄産仔の精細管をセルトリ細胞だけを残して空洞化させられた, という報告がある. 本実験ではブスルファンの母体ラットへの投与によってその後産まれてくる新生仔の精細管内に誘起される変化, ならびに生後1週齢の新生仔ラットへブスルファンを投与した場合の精細管内の変化を時間を追って組織学的に調べた. 【方法・結果】8〜10週齢のWistar系雌ラットを自然交配によって妊娠させ, 13.5 dpc (day post-coitum) に10 mg/kgの用量のブスルファンを腹腔内投与した. その結果, ブスルファンの母体投与によって平均同腹産仔数 (13.5匹, 対照区は14.2匹) や分娩産仔の離乳期生存率 (97%, 対照区は100%) に差は認められなかった. 産仔の体重に差が出始めたのは5週齢からだが, 精巣に限るとすでに1週齢の時点で対照区の半分程度の重量しかなく, 5週齢になっても重量減少率は同じだった. ブスルファン母体投与区の精巣組織切片像から, (1) 0週齢で前精原細胞数は未処理対照区の74%減, (2) 2週齢では精原細胞不在, (3) 3週齢では47%の空洞化精細管と21%の正常精細管が偏りなく混在, (4) 4および5週齢では精細管内の正常化が進行 (正常精細管率はそれぞれ61%と81%), ということがわかった. 一方, 生後1週齢 (8 dpp: day post-partum) のWistar系雄ラットに10 mg/kgブスルファンを腹腔内投与したところ, 離乳期生存率は100%で, 体重増加率に対照区とのあいだで大きな差は認められなかった. しかし精巣への影響は顕著で, 3週齢で対照区の半分以下, 5週齢では1/5以下の重量しかなかった. ブスルファン新生仔投与区の精巣組織切片像からは, (1) 2週齢では空洞化精細管率が53%, (2) 同じく2週齢でB型精原細胞 (13%) や精母細胞 (31%) が残存, (3) 3週齢でほぼ100%の精細管が空洞化, (4) 5週齢まで精原細胞の枯渇状態を持続, ということがわかった. 【結論】13.5 dpcの母体投与よりも8 dppの新生仔投与の方がブスルファンは精細管の枯渇誘起に強く働くこと, 13.5 dpcの母体投与の場合はブスルファンに対して無影響だった内在性精原細胞の再生能力は高いこと, および8 dppの新生仔投与の場合は分化の進んだB型精原細胞や精母細胞よりもA型精原細胞の方がブスルファン高感受性であること, が示唆された.


(8) ネコ胚盤胞ならびに成熟卵母細胞の凍結保存に関する研究
辻岡 那美 (2006年4月入学/2008年3月修了)
[ドイツ・ミュンヘン大学 留学]
【目的】ペットとして飼育されているイエネコの生殖細胞・胚の凍結保存に関する研究は, 絶滅の危機に瀕している他のネコ科の動物の遺伝資源保存にとっても有用な情報をもたらす. しかし二段階凍結法やガラス化保存法のいずれの凍結保存法によっても, ネコの成熟卵母細胞や胚盤胞の長期保存に成功したという報告はほとんどない. 本研究ではまず, 体外受精後の発生速度が異なるネコ胚盤胞についてガラス化保存後の蘇生率ならびに蘇生胚の細胞構成を調べた. そして次に, ネコ成熟卵母細胞を二段階凍結後およびガラス化保存後に体外受精し, 胚盤胞の作出を試みた. 【方法・結果】 (実験1) ネコ卵巣から未成熟卵母細胞を採取し, 体外成熟・体外受精・体外培養によって胚盤胞へと発生させた. これらにクライオトップをデバイスとした超急速ガラス化処理を施し, 加温後24時間の体外培養で胞胚腔の再拡張が認められたものを蘇生胚とした. 体外受精後6日目と7日目に発生してきた胚盤胞をガラス化・加温したところ, 発生速度に関わらず加温直後の胚盤胞はすべて正常な形態を維持しており, それぞれ74, 67%が蘇生した. 新鮮対照胚ならびにこれらのガラス化蘇生胚を二重染色して細胞構成を調べたところ, 新鮮対照区では7日目胚盤胞が 6日目胚盤胞よりも総細胞数が少ない傾向にあり, さらにガラス化した7日目胚盤胞では24時間後の内部細胞塊率が新鮮対照区と比較して有意に減少していた. (実験2) 体外成熟培養後のネコ成熟卵母細胞をシュクロースあるいはトレハロースを含むガラス化保存液または凍結媒液に暴露した. その後にすぐ体外受精・体外培養に供する糖類の毒性試験と, さらに凍結保存してから加温・融解し, 体外受精・体外培養する試験とを設定した. ガラス化条件の場合, シュクロースへの卵母細胞の暴露だけで胚盤胞発生率は半減したが, トレハロースを用いることでガラス化保存液の毒性は回避できた. しかし保存液中の糖の種類に関わらず, 加温後に胚盤胞への発生例は得られなかった. 一方, 含まれる糖の種類に関わらず凍結媒液への暴露だけでは胚盤胞発生率に影響を及ぼさなかったが, それぞれの凍結媒液中での二段階凍結後は, 体外受精後の卵割率が新鮮対照区の値の半分以下に低下した. トレハロースを含む凍結媒液で二段階凍結した卵母細胞からのみ胚盤胞への発生が1例得られたが, その発生率 (0.6%) は著しく低かった. 実験1の結果はネコ胚盤胞をガラス化保存することに世界で初めて成功したもので, 実験2の結果は凍結保存したネコ卵母細胞に由来する世界で2例目の胚盤胞発生例となる.


(9) 精原細胞を利用したトランスジェニックラット作製の試み
土屋 隆司 (2006年4月入学/2008年3月修了)
[日本学生支援機構 第1種奨学金 半額返還免除生]
【目的】多くの哺乳類で外来遺伝子の導入 (トランスジェニックTg個体作製) は比較的簡単に行えるが, 特定遺伝子機能を封じ込めるよう内在遺伝子を改変したノックアウト (KO: Knock-out) 個体の作製が実用レベルで出来ているのはES細胞株が樹立されているマウスのみである. 本研究ではKOラット作製技術の開発に道筋をつけることを目的に, 雄性生殖幹細胞であるA型精原細胞に着目して, (1) 生体内エレクトロポレーション法によるA型精原細胞への遺伝子導入, ならびに (2) ブスルファン処理したレシピエントラット精巣へ移植したA型精原細胞の定着・分化能, を調べた. 【方法・結果】 (実験1) 2〜4週齢のウィスター系雄ラットの精細管内へ全長3 kbのEGFP遺伝子溶液 (3 µg/µl) を外科的に注入し, 同精巣に35〜50 V, 50 msecの直流パルスを計8回流すエレクトロポレーションを施した. 翌日に精細胞レベルでEGFPの発現が観察されたのは処理精巣の4.2%に過ぎなかったが, 陽性精巣の切片を作製してUV照射するとA型精原細胞と想定される基底膜上の細胞でEGFP蛍光が観察された. エレクトロポレーションから1ヶ月後のEGFP陽性精巣率も3.4%と低く, EGFP陽性精巣から単離した円形精子細胞あるいは伸張精子細胞のわずか0.9〜2.4%しかEGFP蛍光を発していなかった. これらのEGFP陽性細胞を同系雌ラット由来の卵母細胞に顕微授精してEGFP-Tgラットを作出するという試みも失敗に終わった. (実験2) EGFP遺伝子をホモに持つTgラットからA型精原細胞を調製し, 胎仔期にブスルファン感作させた3週齢の雄ラット精巣に移植した. 未処理対照として同細胞を3〜5週齢の野生型ラットの精細管内に移植したが, 2.5〜4ヶ月後にレシピエント精巣表面でEGFP蛍光が観察された例はなかった. 一方, ブスルファン処理ラットへの移植では, 移植精巣の71%が移植3ヶ月後にEGFP蛍光を発する精細管を有していた. EGFP陽性精巣の凍結切片を作製して免疫染色したところ, EGFP陽性の精原細胞はレシピエント精細管の基底膜上に位置し, さらにそこから精母細胞を経て精子に至るまでの一連の分化過程が正常に起こっていることが確認できた. 【まとめ】 生体内エレクトロポレーションによるラット精原細胞への外来遺伝子導入は非常に困難かもしれないが, ブスルファン処理ラットをレシピエントに用いた精原細胞移植には実用性があるだろう. 精原細胞株がラットで近い将来に樹立されれば, この細胞移植系の確立は遺伝子ターゲティングを施した同細胞に由来するKOラットの誕生に貢献する.


(10) ラット雄ゲノムの脱メチル化動態に関する研究
吉沢 雄介 (2007年4月入学/2009年3月修了)
[生理学研究所 内地留学]
【目的】エピジェネティック変化の1つであるDNAの脱メチル化現象は胚発生と密接な関係があると示唆されており, マウスやラットでは受精直後の雄性ゲノムが急激に脱メチル化される. マウスではこの能動的脱メチル化は前核期卵を円形精子細胞注入法 (ROSI) で作製した場合に影響を受ける一方, 体外受精 (IVF) や卵細胞質内精子注入法 (ICSI) では体内受精卵と同様の挙動を示すと報告された. 本研究では前核期卵の作製方法と脱メチル化動態との関係が明らかにされていないラットにおいて, 体内受精卵を対照とし, 体外培養ならびに体外作出方法 (IVF, ICSI, ROSI) の影響を検討した. また, IVF由来ラット前核期卵の低メチル化状態を薬剤 (5-azadC及びTSA) によって誘導することで, 胚盤胞発生率が改善されるかどうかも調べた. 【方法】前核期卵の作製:[1] 体内受精区:過排卵誘起・交配したSlc:SD雌ラットからhCG投与20, 24, 28時間目に採取した. [2] 体外培養区:hCG投与20時間目に採取した体内受精卵を4および8時間培養した. [3] IVF区:hCG投与14時間目の卵丘卵母細胞複合体を精巣上体尾部精子と6時間共培養し, 媒精時間を含め計6, 10, 14時間培養した. [4] ICSI区:裸化卵子に精巣上体尾部精子頭部をPiezo-ICSIし, 6, 10, 14時間培養した. [5] ROSI区:精巣由来の円形精子細胞を, イオノマイシン処理 (5 µM, 5分間)した裸化卵子に注入した. シクロヘキシミド処理 (5 µg/mL, 4時間) 後, ROSIを起点に6, 10, 14時間培養した. メチル化量測定:それぞれの前核期卵を5-メチル化シトシン抗体を一次抗体として免疫染色し, 共焦点レーザー蛍光顕微鏡下で画像を取得した. そして, 同一卵子内の雌性前核の総輝度に対する雄性前核の総輝度比 (Relative Methylation: RM) を求めた. 5-azadC及びTSA処理:6時間媒精したIVF由来の前核期卵を, 5 nMの5-azadCまたはTSAを含む培地で8時間培養した. 媒精開始から14時間目にRM値を求め, 120時間目に胚盤胞発生率を記録した. 【結果】体内受精区ではhCG投与20から24時間目にかけてRM値が有意に下がり, 体外培養区でも同様の動態をたどった. IVF区, ICSI区でも同じ卵齢に相当する6から10時間目にかけてRM値の低下が起こったが, 体内受精区ほど顕著な低下ではなかった. また, ROSI区では観察期間を通してRM値の有意な変動は認められなかった. その最終時点で, 雄性ゲノムの脱メチル化が十分に進んだと考えられるRM値0.4未満の前核期卵の割合は, 体内受精区, 体外培養区, IVF区, ICSI区, ROSI区でそれぞれ, 98, 100, 48, 17, 0%だった. 5-azadCまたはTSA処理はIVF由来前核期卵のRM値を体内受精卵と同等レベルにまで低下させたが, 胚盤胞発生率は改善されなかった. 【結論】ラット前核期卵を体外で作出する行程 (ROSIだけでなくIVFやICSIでさえ) は雄性ゲノムの能動的脱メチル化の進行に影響を及ぼし, とくに適用技術の難易度が上がるにつれて脱メチル化応答をしない前核期卵の割合が増えることが明らかになった.


(11) コメットアッセイにより評価した凍結乾燥ウシ卵丘・顆粒膜細胞のDNA損傷
長瀬 祐樹 (2007年4月入学/2010年3月修了)
【目的】クローンヒツジ・ドリー誕生から10年以上が経過し, 今では冷凍保存牛肉に由来する細胞からもクローン個体が再生できている. さらに最近, 凍結乾燥した体細胞をドナー細胞にしてクローン胚盤胞が作出できるとマウスとヒツジで報告された. ウシでは凍結乾燥細胞の核移植に関する報告はないが, 効率的に胚盤胞を作出して産仔発生へと結びつけるには, 凍結乾燥の際に起こるDNA損傷を可能な限り抑えておく必要がある. 本研究ではウシの卵丘細胞あるいは顆粒膜細胞を用い, アルカリコメットアッセイによるDNA損傷評価よって同細胞の凍結乾燥条件の最適化を目指す (実験1, 2) とともに, 体細胞核移植 (SCNT) によって凍結乾燥細胞由来のクローン胚盤胞の作出を試みた (実験3). 【方法と結果】コメットテール (DNAのフラグメント部分) の長さに同DNA比率を乗じた値であるモーメント値を使い, モーメントの平均値, モーメントが10以上の強度〜重度損傷細胞の出現率, モーメントが3以下の無傷〜軽度損傷細胞の出現率を総合して, 実験区間の優劣を判断した. 凍結乾燥の基本プログラムは, 乾燥開始温度が-30℃, 一次乾燥が0.37 hPa下で14時間, 二次乾燥が0.001 hPa下で3時間, とした. [実験1] (1) 反復凍結融解回数3という, 強度〜重度損傷細胞が半数を超えて出現する陽性対照条件を設定した. (2) 比較した5種類の凍結乾燥バッファーのなかで, 100 mM Tris-HClと50 mM EGTAのみを組成とする等張 (270 mOsm) のmEGTA液中で凍結乾燥したときに無傷・軽度損傷細胞の回収率がもっとも高くなった. (3) 卵胞吸引液の中から回収した顆粒膜細胞を1日培養すれば, 回収直後の顆粒膜細胞や1日培養した卵丘細胞よりも凍結/凍結乾燥に適した細胞集団になることがわかった. [実験2] (1) 0.1 Mトレハロースを添加しても無添加対照区を上回る成績は得られなかった. (2) +4℃で5日間にわたりmEGTA液に顆粒膜細胞を暴露しておく前処理を行っても凍結乾燥後のDNA損傷を抑えられなかった. (3) 予備凍結温度を-30℃, -79℃, または-196℃とし, その温度から乾燥プログラムを始めた. 無傷〜軽度損傷細胞の出現率は-196℃区で劣る傾向が見られたが, モーメント平均値には乾燥開始温度による差は認められなかった. (4) 乾燥サンプルの保存を+25℃で行うと1週間後でもDNA損傷出現は顕著だった一方, +4℃の冷蔵保存では最長1ヶ月まで置いても凍結乾燥終了直後と変わらないDNA損傷程度だった. [実験3] 培養1日目の顆粒膜細胞あるいは卵丘細胞をmEGTA液を用いて基本プログラムによって凍結乾燥し, 冷蔵保存1ヶ月以内にSCNTに供した. 新鮮対照区のSCNTでは, 卵割率は81%, 胚盤胞発生率は39%だった. 凍結乾燥区では卵割率は53〜69%だったが, 培養7日目までにもっとも発生が進んだ凍結乾燥細胞由来のクローン胚は細胞数20個から構成されていたものだった. 【結論】個々の細胞レベルでDNA損傷の程度を肉眼的に観察・定量できるアルカリコメットアッセイは, 凍結乾燥・復水後のウシ顆粒膜細胞・卵丘細胞を質的に評価するのに有効な手法の一つである. 凍結乾燥条件のさらなる最適化を進めることで, 凍結乾燥サンプルのSCNTによるクローン作製にも貢献できるだろう.


(12) ウシにおける顕微授精胚と体外受精胚の比較研究:とくに胚盤胞のガラス化耐性について
下田 美怜 (2009年4月入学/2011年3月修了)
[日本学生支援機構 第1種奨学金 全額返還免除生]
【目的】ウシにおける顕微授精 (ICSI) による胚の作出は一般的になりつつあるが, 発生率は体外受精 (IVF) に比べて低く, またその胚の性質についても十分に調べられていない. ウシ胚盤胞の凍結保存に関しては, IVF由来の胚盤胞で発生速度が速く, 発育ステージの進んだ胚盤胞の方が凍結保存に適していることが報告されている. 一方, ICSI由来の胚盤胞の耐凍性に関する報告は1報しかなく, 7日目胚の凍結融解後の蘇生率が75%で, 7日目胚を1日培養して作製した孵化胚盤胞の蘇生率は88%だったという. 本研究ではIVFとICSIにより作出したウシ胚盤胞を発生速度と発育ステージで分類し, クライオトップを用いてガラス化保存した後の蘇生率を調べた. 【方法】屠場ウシ卵巣から採取した卵丘卵母細胞複合体を22時間培養後に裸化し, 第一極体を放出した成熟卵子を選抜した. IVFは凍結融解ウシ精子と成熟卵子を6時間共培養し, その後mSOF培地での低酸素培養に供した. ICSIはDTT処理した凍結融解ウシ精子をPiezo-ICSIしてすぐにイオノマイシン処理 (5 µM, 5分) を施し, 4時間培養後にエタノール処理 (7%, 5分)を追加して活性化誘起した後, mSOF培地で培養した. 培養7および8日目に外径140〜199-µmの胚盤胞 (ExB) か外径200-µm以上の胚盤胞 (FEB)に分類して回収した (この時点で一部は二重染色によって総細胞数と内部細胞塊比率を評価). 胚盤胞はクライオトップをデバイスとした超急速ガラス化に供し, 加温24時間後に胞胚腔が再拡張したものを蘇生胚とした. また蘇生胚の一部はさらに48時間培養を継続し, 孵化率を求めた. 【結果】ガラス化前の胚盤胞の品質には, 総細胞数と内部細胞塊比率から判定する限り, 作出方法 (IVFかICSIか) による顕著な差は認められなかった. 7日目胚のガラス化耐性において, ICSI由来FEBの蘇生率 (83%) はIVF由来FEBのそれ (88%) と同等だったが, 発育ステージの若いExBでは蘇生率に有意差が認められた (ICSI区67%, IVF区85%). またICSI由来ExBのガラス化耐性が低いという結果は8日目胚にも当てはまっていた. 蘇生胚の孵化率については, ICSI由来7日目ExBの成績 (33%) が同FEBの値 (73%) やIVF由来7日目ExBの値 (65%) よりも有意に低かった. 以上, 発生速度に関わらず外径が200-µm以上になるまで拡張したICSIに由来するウシ胚盤胞は, IVF由来胚盤胞と同等の高いガラス化耐性を示すことがわかった. よってICSI由来ウシ胚のガラス化・加温後に高蘇生率を期待するならば, 体外培養を継続してでも発育ステージを進めてからガラス化に供することを推奨する.

(修論タイトルの副題は「前核期卵のエピジェネティクスと胚盤胞のガラス化耐性」だが, 公聴会では後半に絞って発表)


(13) ウシ前核期卵における微小管形成中心機能に関する研究 − 顕微授精, 精子凍結乾燥, 卵子ガラス化の影響 −
原 弘真 (2010年4月入学/2012年3月修了)
[M2後期授業料 全額納付免除生 / 日本学生支援機構 第1種奨学金 全額返還免除生]
【目的】ウシでは体外受精 (IVF) に由来する胚盤胞の作製技術はほぼ完成されたレベルにあるが, 卵細胞質内精子注入 (ICSI) や凍結乾燥 (FD) 精子によるICSI, ならびにガラス化保存した未受精卵子のIVFに続く胚盤胞の作製効率には改善の余地が残されている. ウシやヒトなどの哺乳類では精子由来の中心体を起点にして星状体が形成され, そこから伸長する微小管繊維網が雌雄両前核の接近と第一卵割への移行に重要な役割を演じる. 本研究では, 微小管形成中心の機能発現に及ぼす精子のICSI行程とFD行程, ならびに卵子のガラス化行程の影響を調べた. 【方法】ウシ卵巣から回収した卵丘卵母細胞複合体を22時間培養し, 卵丘細胞層を除去した後に第一極体の確認できた成熟卵子を使用した. ICSI区では, 凍結融解ウシ精子をピエゾマニピュレーターを用いてICSIし, イオノマイシン/エタノール併用の活性化補填を行った. FD-ICSI区では, EGTAバッファー中でFD処理 (0.37 hPa 14時間, 0.001 hPa 3時間) した精子を1週間冷蔵保存し, ICSIに供した. 卵子ガラス化区では, 成熟卵子をクライオトップをデバイスにして超急速冷却後に液体窒素保存 (>1週間) し, 加温後にIVFに供した. 受精・授精処理後に一定時間培養した前核期卵にαチューブリン抗体を用いた免疫染色を施し, 共焦点レーザー顕微鏡下で取得したスタック画像を解析した. 【結果】ICSI区とFD-ICSI区の星状体形成率 (48%と41%) は対照のIVF区の値 (97%) と比較して有意に低く, 微小管繊維網の成長程度を現す蛍光強度も低下した. しかしICSI区とFD-ICSI区との間には差は認められなかった. ガラス化・加温卵子のIVF後には高率 (95%) に星状体形成が観察されたが, 複数の星状体を呈する前核期卵の割合が対照のIVF区と比べて有意に高かった (対照の29%に対し68%). 複数の星状体が観察された前核期卵では, ガラス化行程の有無に係わらず, 雌雄前核の接近, ならびに前核の成長が阻害されていた. 複数の星状体は雄性前核近傍でのみ観察されたので, げっ歯類で観察される卵細胞質に起源を持つCytoplasmic astersとは異なるものと示唆された. 以上, ウシにおける微小管形成中心の機能発現にとって精子のFD行程自体ではなく ICSI行程が阻害要因になっていたこと, 卵子のガラス化行程は複数の星状体形成を誘発し, 両前核の接近や成長を阻害していることが明らかとなった.


(14) S. aureus由来αヘモリジンを用いてトレハロース導入したウシ顆粒膜細胞の凍結乾燥耐性
能登 一葉 (2012年4月入学/2014年3月修了)
[日本学生支援機構 第1種奨学金 半額返還免除生]
【目的】液体窒素を必要としない「凍結乾燥法」が哺乳類バイオリソースの新規保存法として注目されており, 凍結乾燥・復水された二倍体細胞核を除核未受精卵に注入することでクローン胚盤胞の作出も可能になっているが, 哺乳類の正常細胞を対象とする凍結乾燥行程にはまだ改良の余地が残されている. 極度な乾燥環境下でも生存可能な生物が体内で大量に合成・蓄積するトレハロースは受動拡散では細胞内に取り込まれないが, 細菌毒素のαヘモリジンが7量体を形成すれば細胞膜を貫通する孔ができ, トレハロースを細胞内に導入できる. トレハロースの細胞内導入によって, 乾燥保存・凍結乾燥保存後の細胞生存性が改善されたという報告もある. 本研究では, αヘモリジンを構成する293個のアミノ酸残基のうち130〜134番目をヒスチジンに置換することでZn2+存在下で孔を閉鎖できるようになる「変異型αヘモリジン (H5)」を精製した. そしてウシ顆粒膜細胞の細胞膜にH5を埋め込んでトレハロースを細胞内へ導入し, 凍結乾燥・復水後に同細胞核のDNAがどれだけ正常に保たれているかを定量した. 【方法と結果】黄色ブドウ球菌, S. aureusのゲノムDNAからまずC末端にHisタグ付加したαヘモリジン (野生型) を作製し, インバースPCR法によりH5ベクターを構築した. 大腸菌を形質転換し, IPTGで発現誘導後, 超音波破砕, 超遠心, アフィニティクロマト精製を経て, 8.37 mgのH5を得た. 精製したH5は0.5 µg/mLの濃度でブタ赤血球に対する溶血活性を示し, 400 µM ZnSO4の存在下で孔の閉鎖を制御できた. 次に, 細胞内へ蓄積させたCalceinが発する蛍光の消失を指標にしてウシ顆粒膜細胞に対するH5活性 (濃度は25 µg/mLに固定) を調べたところ, H5処理時間が1分でも蛍光強度は半減し, 5分でそれ以上は下がらなくなった. 0.5 Mトレハロースを含む高張溶液をローディングしたとき, H5処理下では細胞の収縮状態が緩和され, Calcein流出と同時にトレハロース流入が起こっていたと示唆された. その細胞を0.12 hPaの減圧下で6時間かけて凍結乾燥し, アルカリコメットアッセイによって復水後の細胞核内のDNA断片量を調べた. その結果, Zn2+での制御が効かなくなってしまうがキレート剤のEGTAを凍結乾燥バッファーに添加した場合に, DNA損傷の有意な抑制が認められた. しかし, トレハロース導入の有無による明確なDNA損傷の違いは検出できなかった. 以上, 本研究においてブタ赤血球の溶血活性とZn2+応答性を持つαヘモリジンH5の作製に成功したが, H5を利用したウシ顆粒膜細胞へのトレハロース導入と凍結乾燥耐性との関係を明らかにするためのさらなる検討が必要と思われた.


(15) 保存卵巣に由来するウシ卵子の体外発生能に関する研究
山根 伊織 (2011年4月入学/2014年3月修了)
【目的】屠畜ウシ卵巣から未成熟卵を採集し, 体外で成熟・受精・培養することで移植可能な胚盤胞を作製する技術は, 受精や初期胚発生に関わる機構を解明する上で, また生殖工学研究の基盤を担うものとして重要である. しかし2001年に日本で初めてウシ海綿状脳症 (BSE) 感染牛が確認されて以来, 屠畜解体される全ての個体でBSE感染の有無が調べられ, 陰性と判明するまで屠場外への卵巣の持ち出しが禁止された. また, HACCP準拠に対応できない小規模屠場の閉鎖により, より遠方にある屠場から時間をかけて卵巣を輸送することも余儀なくされた. これらの理由により1日保存したウシ卵巣を実験に供することとなったが, 保存卵巣に由来する卵子の胚盤胞発生率は新鮮卵巣由来の50〜60%という値に比べて劣り, 30〜40%にまで低下してしまう. 本研究では, 体外成熟培養条件の改変等によってウシ胚盤胞の作製効率を改善したいくつかの報告に着目し, 1日間保存したウシ卵巣に由来する卵子の品質改善を試みた. 【方法と結果】ウシ卵巣は屠体から摘出後ただちに10~12℃の生理食塩水に移し, 同温度を維持したまま翌日の午前中に実験室へと搬入した. 吸引採取した卵胞液から卵丘卵母細胞複合体を回収し, 以下の [1]〜[4] の成熟培養に供した後, 第一極体を放出した成熟卵子のみを選別した. そして6時間の体外受精に供した後, 低酸素条件下で8日間培養を行い, 胚盤胞への発生数を記録した. [1] IBMXとフォルスコリンで2時間処理した後, シロスタミドを添加した成熟培地で20あるいは30時間, 培養した. 通算で22時間培養した実験区の胚盤胞発生率 (46%) は対照区の値 (40%) と有意差なく, また通算32時間培養した実験区では21%にまで低下した. [2] FSHとE2を含む培地での成熟培養を培養開始から6時間で中断し, その後16時間はホルモン不含の成熟培地で培養した. このときの胚盤胞発生率は42%となり, 22時間の成熟培養期間を通してFSHとE2で処理した対照区の値 (41%) と同程度であった. [3] 細胞内の抗酸化物質であるグルタチオン (GSH) を増幅させるβ-メルカプトエタノールとL-システインを添加した成熟培地で22時間培養した. この処理により, 成熟培養後の卵細胞質内GSH濃度は対照区のおよそ2.5倍 (16 pmol/卵子) にまで増加していた. しかし得られた胚盤胞発生率は41%と対照区の42%と変わらず, 抗酸化力を高める処理では1日間保存した卵巣に由来する卵子の品質改善には至らなかった. [4] ROCK阻害剤Y-27632を添加した成熟培地で22時間培養した. 計9回行った反復実験を集計したときの胚盤胞発生率 (37%) は対照区の値 (34%) と有意差なく, ICM/TE細胞数や透明帯からの孵化率にも差は認められなかった. しかしながら, 対照区において1日保存の悪影響が強く現れた反復実験例 (下位4回:平均23%) に限定してデータを集計するとY-27632添加区の胚盤胞発生率は35% (P=0.087, 対応のあるt検定) となり, 保存卵巣由来のウシ卵子の発生能がROCK阻害によって改善される傾向が認められた.


(16) ウシ精子のフリーズドライ保存に関する研究 − 熱力学的アプローチによるコラプス発生の抑制 −
田切 美穂 (2013年4月入学/2015年3月修了)
[M2後期授業料 全額納付免除生 / 日本学生支援機構 第1種奨学金 全額返還免除生]
【目的】フリーズドライ (FD) サンプルは乾燥時の温度が溶液の最大濃縮相ガラス転移点 (Tg’) よりも低いとガラス状態となり, 分子運動が抑制されて非常に安定な状態になる. 一方, Tg’よりも高い温度で乾燥されると溶液は安定なガラス状態からゴム状態へと変化し, FDケーキにはコラプスと呼ばれる構造破壊が観察されるようになる. 哺乳類の細胞でこれまで, コラプスの発生と復水後の細胞機能の関係について議論されたことはなかった. そこで本研究では, まずコラプスの発生に直接関係するTg’に対するウシ精子懸濁液組成の影響を調べ, 次に乾燥温度を変えることで同じ精子懸濁液からコラプス発生ケーキと非発生ケーキを作り, それらのケーキから回収された復水精子の正常性について調べた. 【方法と結果】FD精子作製時に汎用されているEGTAバッファのTg’を示差走査熱量計 (DSC) によって測定したところ-45.0℃となり, この温度を上昇させるには同バッファからのNaClの除去ならびにトレハロースの添加が有効であるとわかった. NaClフリーのEGTAバッファに0.5 Mトレハロースを添加した修正EGTAバッファにおけるTg’は-27.7℃にまで上昇させることができた. 精子濃度はTg’に対する影響要因ではなかったが, 予備凍結時に液体窒素に浸漬する急冷を行うとTg’は2℃ほど低下した. この修正EGTAバッファに凍結融解ウシ精子を懸濁し, 緩慢凍結後の乾燥行程を-30℃で行った場合はFDケーキにコラプス発生は認められなかった. しかし, 乾燥温度が-15℃や0℃のときはFDケーキにコラプスが観察された. コラプス発生ケーキの含水率はコラプス非発生ケーキよりも4〜5倍高く, またTg (ケーキのガラス転移点) も14℃前後とコラプス非発生ケーキの50℃よりも低かった. 復水精子の機能的正常性は, (1) 卵細胞質内精子顕微注入 (ICSI) 技術による胚盤胞作製, (2) アルカリコメットアッセイによるDNA損傷, および (3) 透過型電子顕微鏡 (TEM) 観察による細胞膜の亀裂, を指標に評価した. ICSIから2日後の卵割率は, 凍結融解コントロール精子を用いたときの60%に比べ, 乾燥温度が異なるFD精子での値は40%程度にまで低下した. 卵割胚あたりの胚盤胞発生率は, 乾燥温度が0, -15, -30℃のときでそれぞれ, 1, 4, 14%となり, コラプス発生を回避したFDケーキから回収した精子のICSIでもっとも良好な成績が得られた. アルカリコメットアッセイでは, FD精子と凍結融解コントロール精子との間でDNA損傷度に違いがないように見えた. しかし, 陽性対照を取るためのH2O2処理を加えた場合にその差が明白となり, FD行程によってウシ精子は酸化ストレスへの抵抗性を失っていたと示唆された. H2O2加重時, 乾燥温度によるFD精子DNA損傷度の違いは認められなかった. またTEM像の解析による精子細胞膜に亀裂を持つ精子の割合は, コラプス発生を起こす0℃乾燥のときの値 (44%) よりもコラプス発生を起こさない-30℃乾燥のときの値 (29%) の方が有意に低かった. 以上, DSC測定を利用することでウシ精子のFDケーキにコラプス発生を引き起こさないバッファ組成と乾燥温度との関係を決定した. また, 復水後のFD精子の機能保持にとってコラプス発生の回避が有効であることを証明した.


(17) ウシ未受精卵子のガラス化保存に関する研究 − 回復培養液に添加するαトコフェロールの効果 −
八代 育子 (2013年4月入学/2015年3月修了)
【目的】実験小動物のみならずヒトでも未受精卵の超低温保存がガラス化保存法の適用により確立された技術となっている一方, 主要産業家畜のウシやブタではガラス化・加温後の未受精卵を体外受精 (IVF) しても胚盤胞までの発生率はあまり高くない. IVF前の短時間培養が加温卵子の回復にとって有効なことが経験的に知られており, 本研究ではホスホジエステラーゼ阻害剤や抗酸化剤の回復培養液への添加がガラス化・加温したウシ未受精卵の蘇生率を改善するのに有効か (実験1), またその効果の本質はどこにあるのか (実験2) を調べた. 【方法と結果】屠殺日当日に21〜26℃で実験室へ搬入したウシ卵巣から卵丘卵母細胞複合体を採取し, 22時間の成熟培養後に卵丘細胞を除去し, 第一極体を確認した. ガラス化保存液は15% DMSO, 15% エチレングリコール, 0.5M シュクロースを含み, クライオトップをデバイスとしてLN2保存した. (実験1) ホスホジエステラーゼ阻害剤のカフェイン (20 mM), 水溶性抗酸化剤のL-アスコルビン酸 (50 µg/ml), 脂溶性抗酸化剤のα-トコフェロール (10 µM) のいずれかを回復培養液に添加し, IVFに先立って2時間, 加温卵子を培養した. IVFから8日後の胚盤胞発生率は, 無処理区のガラス化・加温卵子における25.8%に対し, カフェイン区の28.2%とL-アスコルビン酸区の27.5%は差がなかったが, α-トコフェロール区では36.3%と有意に高い成績が得られた. 次にα-トコフェロールを0, 10, 30, 100, そして300 µMの濃度にして検討したところ, 胚盤胞発生率はそれぞれ, 19.2, 30.8, 27.9, 26.9, そして35.1%となった. α-トコフェロール 300 µM区で得られた拡張胚盤胞の品質は, 構成細胞数と染色体倍数性に基づいて評価する限り新鮮対照区由来のものと遜色なかった. (実験2) α-トコフェロール 0 µM区と300 µM区, ならびに新鮮対照区において, ガラス化・加温卵子の「活性酸素種 (ROS) レベル」, 「ミトコンドリア (Mt) 活性」, 「表層顆粒 (CG) 分布」を調べた. α-トコフェロール 0 µM区の値を1としたとき, ROSレベルは300 µM α-トコフェロール処理により0.73に下がったが, そもそもガラス化工程がROSレベルを押し上げるストレスになっていなかった (新鮮対照値 0.98). Mt活性やCG分布には3試験区のあいだで差は認められなかった. 次にガラス化・加温卵子のIVF後に多発し, 微小管ネットワークの形成不全により前核融合や第一卵割の遅延を引き起こす「精子星状体形成の数的異常」に及ぼすα-トコフェロールの影響を調べた. 媒精10時間目でのチューブリン免疫染色の結果, 単一の星状体からなる正常な前核期卵の割合は無処理区で48.0%だったのが, 300 µM α-トコフェロール処理によって新鮮対照 (84.7%) と同等の90.3%にまで改善されていた. 以上, α-トコフェロールを回復培養液へ添加することでガラス化・加温したウシ未受精卵の蘇生率が改善できることが明らかになり, その効果には微小管ネットワークを正常に張り巡らせる卵細胞質マトリクスの機能回復が関係していると示唆された.


(18) 卵核胞期ウシ未受精卵子のガラス化保存に関する研究
田島 和弥 (2015年4月入学/2017年3月修了)
[M2後期授業料 半額納付免除生 / 日本学生支援機構 第1種奨学金 全額返還免除生]
【目的】外因性ゴナドトロピン刺激をせずとも採取可能な卵核胞 (GV) 期の未受精卵子を効率的に保存できれば, 妊孕性温存を目指す未婚ガン患者や卵巣過剰刺激症候群のリスクを負う不妊治療中の女性にとって朗報となる. ウシ卵子はヒト卵子の最適のモデル材料だが, GV期でガラス化保存したウシ卵子の蘇生率はかなり低い. 未成熟なGV期卵子は卵丘細胞層とギャップ結合を介して強固に連結した卵丘卵子複合体 (COC) として存在し, この卵丘細胞層の存在は卵成熟時には「正」, ガラス化保存時には「負」のインパクトを持つ. 本研究ではGV期ウシ卵子のガラス化保存効率を改善するため, 卵丘細胞層の付着量とガラス化耐性との関係を明らかにした. 【方法と結果】 (実験1) 屠場由来ウシ卵巣からCOCを採取し, フルサイズGV期COC (FS-COC) から卵丘細胞層のダウンサイズを行ったCOC (DS-COC), あるいは裸化卵子 (DO) を調製した. クライオトップをデバイスにしてガラス化/加温し, 成熟培養 (IVM) 後に核成熟率を, 体外受精 (IVF)・発生培養 (IVC) 後に胚盤胞発生率を求めた. その結果, ガラス化区におけるFS-COC, DS-COC, DOの核成熟率は, 新鮮対照区よりも僅かに劣るものの有意差はなかった (61.9〜62.9 vs. 69.0〜69.2%). ガラス化区におけるFS-COC, DS-COC, DOの胚盤胞発生率はそれぞれ23.7%, 30.5%, 13.4%で, 絶対値で見ても, 新鮮対照成績 (それぞれ60.3%, 55.4%, 29.5%) からの下落率で見ても, DS-COCが最も良かった. (実験2) ガラス化/加温したDS-COCにおける卵細胞質機能の正常性をIVM後の表層顆粒分布 (LCAレクチン染色: 多精子侵入防御機構) とミトコンドリア活性 (Mitotracker Red染色: バイタル指標) で評価した. LCAレクチン染色によってCG2やCG3と判定された正常卵子の割合にガラス化区と新鮮区の間で差はなく (68.2 vs. 60.0%), ミトコンドリア活性値も新鮮区の活性平均値1.00に対してガラス化区で0.91と僅かに低下したのみであった. (実験3) ガラス化DS-COCのIVM後の卵細胞質内脂質占有率を明視野像のImage-J解析により非侵襲的に定量し, さらに脂肪滴の数とサイズをNile Red染色により侵襲的に解析した. ガラス化由来成熟卵子の脂質占有率は新鮮区のそれよりも約10%狭く (0.60 vs. 0.71), 脂肪滴数は24%減少 (399.1 vs. 525.1個), サイズは1.7倍増大 (7.1 vs. 4.2 µm2) していた. 卵子の個別管理が可能なWOW培養系を用いて脂肪滴プロファイルと胚盤胞発生能との関係を調べたところ, ガラス化区で多発した脂質占有率の低い卵子からの胚盤胞発生率は高くなる傾向が認められた. 得られた胚盤胞の品質に関しては, ガラス化区と新鮮区の間で総構成細胞数や内部細胞塊比率は同等だったが, 発生速度はガラス化区の方が少し遅かった. 以上, GV期ウシ卵子は卵丘細胞層をダウンサイズしてからガラス化保存すれば, IVM・IVF・IVC後に30%を超える胚盤胞発生率 (これまでの報告値のなかでは最高) が得られることがわかった.


(19) Cryopreservation protocol suitable for rat pancreatic islets
(ラット膵島に適した超低温保存プロトコールについて)

山中 貴寛 (2016年4月入学/2018年3月修了)
[M2後期授業料 全額納付免除生 / 日本学生支援機構 第1種奨学金 全額返還免除生]
【目的】正常なインスリン分泌能を保持したまま膵ランゲルハンス島 (膵島) を長期保存できれば, 移植ドナー不足問題が解消されるだけでなく, 患者-ドナー間の移植適合性を評価するための時間も確保できるようになる. しかし4種類 (α, β, δ, PP) の細胞集団が複雑に入り組んで構成されている膵島の保存は簡単ではなく, 超低温保存後にインスリン分泌能が著しく低下した膵島を糖尿病患者に移植しても血糖値の正常化は望めない. 本研究ではラット膵島をモデルとし, 一般的な細胞凍結法とガラス化法との間で保存適性の直接比較を行い, さらに臨床応用を見据え, 膵島を大容量でガラス化保存できるデバイスを考案した. 【方法】BNラットの膵臓から膵島のみを単離・回収し, RPMI-1640+10% FBS培地で24時間培養してから実験に供した. FDA/PI二重染色により融解・加温後の生存率を数値化し, ELISAで求めた20 mMグルコース刺激時のインスリン分泌量を3 mM処理時のベース値で割ったStimulus Index (SI) によりインスリン分泌能を評価した. (実験1) 凍結法では15% DMSOを凍害保護物質 (CPA) とし, クライオチューブに入れた膵島50個をBicell®容器に移して, −80℃のディープフリーザーに一晩静置した後にLN2タンク中で保存した. 一方, ガラス化法では15% DMSO, 5% エチレングリコール, 0.5 MシュクロースをCPAとした保存液を用い, Cryotop®というデバイス上に膵島10個を置いて直ちにLN2に浸漬した. 融解・加温膵島におけるβ細胞機能関連遺伝子 (Pdx1, Glut2) の発現量はqPCRで調べた. (実験2) 孔径57-µmのナイロンメッシュを1辺5 mmの三角錐展開図様に加工したデバイスを作製し, これをCryotop®の代わりに用いて膵島10, 50, 100個をガラス化保存した. 【結果】 (実験1) 凍結融解直後とガラス化加温直後の膵島生存率はそれぞれ, 50%と57% (新鮮対照は90%) だったが, 24時間の回復培養後にはその率は59%と85%になった. 新鮮対照膵島におけるSI値は6.7だったのに対して凍結区のそれは1.9, ガラス化区のそれは3.9であり, β細胞機能関連遺伝子 (Pdx1, Glut2) の発現量は凍結区でのみ減少していた. (実験2) Bicell®凍結法 (膵島50個), Cryotop®法 (同10個), ナイロンメッシュ法 (同10個) で保存した膵島の生存率はそれぞれ, 48%, 68%, 64%, SI値はそれぞれ, 0.8, 3.9, 3.1だった. ナイロンメッシュデバイスに載せる膵島数を50個または100個に増やしてもほとんどの膵島 (99〜100%) が回収でき, 生存率は65〜69%, SI値は2.8〜3.8であった. 一般にSI値が3を超える膵島を移植に供することが望ましいと考えられている. これらの実験より, ナイロンメッシュをデバイスに用いれば, ラット膵島を移植可能なインスリン分泌能を保持したまま100個単位でガラス化保存できると示された.


(20) ウシ成熟未受精卵子のガラス化保存におけるナイロンメッシュ大容量デバイスの開発と回復培養時のレスベラトロールによる救済
知念 照一朗 (2018年4月入学/2020年3月修了)
[日本学生支援機構 第1種奨学金 全額返還免除生]
【目的】ウシ未受精卵子の超低温保存は, 保存液量を可能な限り少なくすることで冷却工程を高速化したガラス化保存法によって達成されている. しかし, 保存用デバイスに一度に搭載できる卵子数は上限10個程度と制約があり, 体外受精後の胚盤胞発生率で評価される蘇生率にも改善の余地が残されている. 本研究ではウシ成熟未受精卵子のガラス化保存工程を最適化するため, 高度なピペッティング操作の省略により数十個単位で卵子をガラス化保存できる新規デバイスを開発すること, ならびに, 加温後の回復培養液に添加した抗酸化剤のレスベラトロールにより卵子の蘇生率を改善することを目指した. 【方法】屠場牛卵巣由来のGV期卵子を22時間の体外成熟培養によってM-II期に進め, 15% エチレングリコール, 15% DMSO, 0.5 M シュークロースからなる保存液とともにデバイスに搭載した後, 液体窒素に投入した. 加温・希釈後の卵子は回復培養 (2時間)・体外受精 (6時間)・発生培養 (8日間) に供し, 胚盤胞発生数を記録した. 実験1 では, 商品化されているクライオトップ (CT) を比較対照とし, 裏面に濾紙を押し当てることでガラス化保存液を吸収除去できるナイロンメッシュ (NM) の卵子保存用デバイスとしての可能性を検討した. 実験2では, 回復培養液に添加した1 µMレスベラトロールがガラス化・加温卵子の蘇生に及ぼす影響について検討した. 体外受精後の胚盤胞発生率に加え, 回復培養後の卵子における活性酸素レベルとミトコンドリア活性をそれぞれ, DCHF-DA染色とMitoTracker® Red染色によって求めた. 【結果】(実験1) 搭載卵子数10個のとき, NM孔径 (目開き37, 57, 77-µm) はデバイスからの卵子回収率, 生存率, 卵割率に影響を及ぼさなかったが, 胚盤胞発生率は孔径37-µmのNMデバイスでガラス化したときに38%ともっとも高かった (57-µm NM, 77-µm NM, CTで各々, 31%, 28%, 32%). K熱電対を用いた冷却・加温速度の測定の結果, 孔径の小さなNMデバイスは加温速度の高速化 (81,000℃/分) に寄与しており, このことが蘇生率の改善につながった可能性がある. さらに, 孔径37-µmのNMデバイスに搭載する卵子数を40個に増加させても33%もの胚盤胞発生率が得られた. (実験2) 回復培養時のレスベラトロール処理により, 37-µm NMデバイスを用いてガラス化・加温した卵子の胚盤胞発生率が31%から42%へと有意に改善された. 一方, CTデバイス使用時のレスベラトロールによる胚盤胞発生率の上昇 (32%から39%) に有意差は検出できなかった. レスベラトロール処理区では卵子内の活性酸素レベルが有意に減少していたが, ガラス化工程によって半減したミトコンドリア活性の回復にレスベラトロール添加による効果は認められなかった. 以上, 大量一括でガラス化保存ができるNMデバイスの開発と回復培養液へのレスベラトロールの添加を通して, 新鮮対照 (胚盤胞発生率48〜49%) に迫る蘇生率 (42%) が得られるウシ成熟未受精卵子の保存プロトコールを確立できた.


(21) Challenging endeavors to improve the rat islet quality after cryopreservation
(ガラス化保存したラット膵島の品質改善を目指した挑戦的研究)

岩月(中山) 研祐 (2019年4月入学/2021年3月修了)
[M2後期授業料 全額納付免除生 / 金子八郎奨学基金 奨学生 / 生理学研究所 内地留学]
【緒言】膵臓は各種消化酵素を分泌する腺房細胞と血糖値を内分泌制御する膵島から構成されている. 自己免疫疾患により血糖値を下げるインスリンを作れなくなる1型糖尿病の根治療法として膵島の肝内移植が注目されているが, 慢性的ドナー不足を克服して膵島移植が普及するためには超低温保存技術との抱き合わせが鍵となる. 本研究室ではこれまでに, ナイロンメッシュ (NM) をデバイスとして超急速ガラス化保存法を適用すれば, 一度に100個単位のラット膵島を機能的なままで回収できると報告した. 本研究ではガラス化・加温ラット膵島の品質改善に向けて, (1) 不凍ポリアミノ酸, カルボキシル化ポリ-L-リジン (CPLL) のガラス化保存液 (VS) への添加効果, (2) シルクフィブロイン製スポンジ (SFS) からなる新規ガラス化デバイスの開発, (3) 肝由来脱細胞化マトリクス (LDM) との共培養による膵島機能の回復・強化, (4) 膵島単一細胞懸濁液の培養による再構成膵島 (偽膵島) の作製, という4つの挑戦的研究を企画・実行した. 【材料と方法】ラット膵島をリベラーゼ消化・ヒストパック密度勾配遠心によって単離し, 24時間の培養後に各実験に供した. (1)では, エチレングリコール (EG) and/or DMSOを膜透過型凍害保護物質 (CPA), ショ糖を非透過型CPAとして含むVSにCPLLを添加し, クライオトップデバイスを用いてガラス化・加温した膵島の生存性と機能性 (GSIS; 20 mM / 3 mMグルコースに応答するインスリン分泌能) を評価した. (2)では, NMガラス化膵島を比較対照として, SFSガラス化膵島の蘇生率を糖尿病誘発ラット腎被膜下移植による血糖値正常化能から評価した. (3)では, 高静水圧処理により調製したLDMを単離膵島と24時間, あるいはNMガラス化膵島と12時間, 共培養した. (4)では, 新鮮膵島 (CT区) あるいはNMガラス化膵島 (VW区) をトリプシン処理で単一細胞化し, 72時間スフェロイド培養することにより作製した偽膵島の内分泌細胞配置ならびにインスリン分泌能を調べた. また単一膵島細胞を凍結保存してから偽膵島化させる実験区 (FR区) も設定した. 【結果・考察】(1) EGベースのVSに20% CPLLを添加したときのみ, 加温ラット膵島の生存率は無添加区と比較して有意に改善され, GSISで求められるインスリン分泌活性も高水準を維持した. CPLL添加VSを用いてガラス化デバイスをクライオトップからNMに変更することで, 一度にガラス化できる膵島数の増加も可能になった. (2) SFSから切り出したディスク (直径8 mm, 厚さ1 mm) は膵島と同時に搭載したVSを瞬時に吸収し, 膵島周囲のVS液量最少化という超急速冷却の演出に必要なプロセスを簡素化できた. 生存率やGSISの結果もNMガラス化膵島と比べて遜色なく, デバイスから回収した膵島の腎被膜下移植によって8割以上の糖尿病モデルラットの高血糖 (> 350 mg/dl) が正常値 (< 200 mg/dl) にまで下がった. (3) 60 µg/ml LDMと24時間共培養した新鮮膵島は, GSISにおいて高濃度 (20 mM) のグルコースに応答して分泌されるインスリン量を有意に増加させた. LDM処理膵島はガラス化・加温後の蘇生率を改善しなかったが, 加温膵島をLDMの存在下で12時間回復培養すればGSIS結果は有意に改善された. 血管上皮細胞マーカーCD-31に対する免疫染色から, 腎被膜下膵島移植において血管新生を促進する効果はLDMには認められなかった. (4) CT区、VW区、FR区のそれぞれから作り出された偽膵島において生存率・インスリン分泌能ともに良好な成績で、ガラス化・加温によって死滅した膵島細胞は偽膵島作製のプロセスにおいて除外されるとわかった. インスリン及びグルカゴン抗体を用いて免疫染色したところ, CT偽膵島のβ細胞:α細胞比 (約8:2) や配置 (β細胞コア, α細胞マントル) は単離膵島と極めて近かったが, VW偽膵島ではα細胞の割合が低く, FR偽膵島では内分泌細胞の配置が乱れた例も認められた. 以上, ラットモデルにおける独立した実験デザイン(1)から(4)の研究成果はいずれも保存膵島の品質向上に資するもので, これらを有機的に組み合わせることによって膵島移植技術の臨床応用が加速するようになるという期待が膨らむ. 同時に, 多能性幹細胞 (ES/iPS細胞) からのドナー膵島の量産や移植膵島を免疫拒絶から守るストラテジー開発の研究動向にも注意を払い, 今後の研究展開に生かしたい.

(修士論文 [英語] は4つの実験章から構成されているが, 公聴会では後半2章分のみに絞って発表)


(22) ラット膵島の腎被膜下移植におけるシルクフィブロインスポンジディスクの多目的利用
藤本 空 (2021年4月入学/2023年3月修了)
【緒言】1型糖尿病は膵β細胞が破壊される自己免疫疾患であり, インスリン投与に代わる根治療法として膵島移植が注目されている. 慢性的ドナー不足に対応するには膵島の超低温保存技術との抱き合わせが望ましく, 本研究室ではこれまでにナイロンメッシュ (NM) [Yamanaka et al., Biopreserv Biobank 2017; 15: 457−462] やシルクフィブロイン (SF) スポンジディスク [Nakayama-Iwatsuki et al., Islets 2020; 12: 145−155] のような大容量ガラス化デバイスが, グルコースに反応してインスリンを分泌できる機能的ラット膵島の回収に有効であると報告した. 本研究では, ガラス化・加温したラット膵島をSFスポンジに載せたまま凍害保護物質 (CPA) 除去まで行い, さらに糖尿病誘発モデルの腎被膜下へ移植するときのサイトカイン輸送体あるいは膵島スキャフォルドとしても連続的に使用して, 血糖値正常化に及ぼす影響を調べた. 【材料と方法】膵島 (直径101−200 µm) は8−12週齢のBrown-Norway (BN) 雄ラットから単離し, 24時間の体外培養後に15% DMSO, 15% エチレングリコール, 0.5 MシュクロースをCPAとして含む保存液を用いて, Solid surface vitrification (SSV) 法によりガラス化保存した. このとき, 4% SF水溶液から調製した直径8 mm、厚さ1 mmのSFスポンジディスク1枚当たり550 IEQの膵島を搭載した (直径150 µmの膵島1個を1 IEQ と換算). CPA除去から移植までに2時間の回復培養時間を置き, 一部のSFスポンジディスクには血管新生を促す血管内皮増殖因子 (VEGF) 4 ngを保持させた. 糖尿病モデル (血糖値 > 350 mg/dL) はストレプトゾトシン65 mg/kgをBNラットの静脈内に投与することで誘発し, 腎被膜下に膵島移植を施した後の血糖値動態を8週間にわたって追跡した (< 200 mg/dLで正常化と定義). なお, 100個単位でNMデバイスに搭載し, Minimum volume cooling (MVC) 法によりガラス化・加温・CPA除去後に回収した膵島を比較対照区, 単離から24時間培養しただけの非ガラス化膵島を新鮮対照区とした. 【結果・考察】同種同系腎被膜下膵島移植では, 新鮮膵島・ガラス化膵島ともに800 IEQも移植すれば80%以上の糖尿病モデルラットの血糖値を正常回復させられる [Nakayama-Iwatsuki et al., Islets 2020; 12: 145−155]. 本研究で設定した550 IEQという移植膵島数において, 新鮮対照区の回復率は60%だったが, 比較対照区 (NMデバイス使用/MVC加温回収膵島) のそれは0%だった. SSVガラス化デバイスとして用いたSFスポンジディスクから加温膵島を回収することなく, 腎被膜下移植における膵島スキャフォルドとして連続使用した場合も, 血糖値が正常回復した例は認められなかった. これに対し, SFスポンジディスクにVEGFを注入してから腎被膜下移植すると33%のレシピエントにおいて糖尿病が治癒した. 血糖値が正常回復したレシピエントの腎・移植膵島片摘出により高血糖病態の回帰が確認され, 移植膵島片の周辺および内部に観察された多くの赤血球の存在から新生毛細血管網による酸素・栄養供給が示唆された. 【結論】SFスポンジディスクは1回の移植必要量を搭載できるガラス化デバイスとしてだけでなく, VEGF輸送体や膵島スキャフォルドとしての追加任務にも耐えうる有用素材であることを実証した.


(23) ラットの精巣内精子・精巣上体尾部精子による顕微授精に関する研究
井出 美涼 (2022年4月入学/2024年3月修了)
[日本学生支援機構 第1種奨学金 半額返還免除生 / 生理学研究所 内地留学]
【緒言】体外受精 (IVF) や顕微授精 (ICSI) は高度不妊治療の基幹技術であり, 2021年には日本の新生児のおよそ11.6人に1人がIVF・ICSIにより誕生している. 運動性のある精子を培地内の卵子と一緒にすることで受精させるIVFとは違ってICSIは運動性のない精子でも施術できるため, 精巣上体から精子を吸引する精巣上体精子吸引法 (MESA) や精巣から運動性のない精子を採取する精巣内精子採取術 (TESE) と組み合わせれば重度の男性不妊症例にも適用可能となる. 齧歯類におけるICSIは, 外来DNAと精子を前核に共注入することでトランスジェニック動物を作製する方法や不妊系統を継代・維持するための手段として有効なだけでなく, ヒトICSI児の正常性を隔世的に担保するための最適モデルにもなる. 近交系ラットにおいてMESA-ICSIやTESE-ICSIのプロトコルは確立されていないので, 本研究では近交系のBNラット (対照はアウトブレッドのWIラット) を用いてMESA-ICSIならびにTESE-ICSIのプロトコル確立に挑戦した. 【材料と方法】精子は7.5〜13週齢のBNまたはWI雄ラットから, 卵子は4〜6週齢のBNまたはWI雌ラットから採取し, 胚移植 (ET) を行うレシピエントには8〜13週齢のWI雌ラットを用いた. 実験1では精子凍結融解工程の影響を調べるため, WIラットを精子・卵子ドナーとして活性酸素 (ROS) 損傷をDCFH-DAアッセイ, 精子先体脱落をFITC/PNA染色により調べるとともに, MESA-ICSI後の発生率を調べた. ICSIは, (1) ピエゾパルスによる透明帯の貫通, (2) 精子頭部を注入針先端で固定, (3) 細胞膜を注入針で深く押し込んで加圧, (4) ピエゾパルスで細胞膜を破ると同時に精子頭部を卵細胞質内に吐出, (5) 注入針を素早く透明帯外へ退避, という手順で行った. 実験2ではBNラットを精子・卵子ドナーとしてMESA-ICSIを, 実験3ではTESE-ICSIを, それぞれ行った. このときTriton X-100における精子先体脱落処理やイオノマイシンによる人為的卵子活性化 (AOA) 処理をあらかじめ施し, 前核形成率や産子率に及ぼす影響について調べた. 【結果・考察】実験1:精子の凍結融解は卵子生存率や前核形成率に影響しなかったが, 産子率は新鮮対照よりもむしろ高くなる傾向にあった. 凍結融解により精子先体脱落率は新鮮対照よりも約7倍高くなった一方, ROSを介した精子損傷率に凍結融解による影響は認められなかった. 実験2:MESA-ICSIにおいてBNの前核形成率はWIのそれよりも有意に低く, ET後も生存産子の獲得には至らなかった (WI産子率は26.2%). Triton 処理やAOA処理は前核形成率を改善したが, AOA処理を加えた場合のみ生存産子が得られるようになった (BN産子率は6.5〜7.1%). 実験3:TESE-ICSIの産子率はさらに低く (BN 0.6%、WI 4.2%), Triton 処理とAOA処理のいずれの補填もまったく功を奏さなかった. 以上, BNラットのMESA-ICSIで産子率を改善したAOA処理はTESE-ICSIでは効果なく, BNラットの繁殖特性のさらなる理解がTESE-ICSIプロコトルの構築に向けて必要と思われる.


(24) 脂肪由来幹細胞によりラット膵島の機能を改善する試み
内藤 遼 (2022年4月入学/2024年3月修了)
【緒言】自己免疫疾患により血糖値を下げるインスリンの分泌不足に陥る1型糖尿病の根治療法として, 膵島移植が注目されている. しかしながら, 膵島単離工程に含まれる酵素消化が膵島周辺の血管などの微小環境を破壊し, 機能低下を引き起こす等の問題がある. 近年, 中胚葉由来の組織である骨や軟骨, 脂肪などに分化できる体性幹細胞の間葉系幹細胞 (MSC) を膵島移植プロトコルに組み込み, 糖尿病治療成績を向上させたという報告がある. そこで本研究では, ラットモデルにおいて脂肪組織に由来するMSC様幹細胞である脂肪由来幹細胞 (ADSC) を用い, 膵島・偽膵島の品質改善を目指した. 【材料と方法】膵島は8〜12週齢のSprague-Dawley (SD) 雄ラットから単離し, ADSCはWistarラット脂肪組織由来のものを継代10代目で使用した. 評価項目はFDA/PI二重染色による膵島生存率とELISAによるグルコース刺激インスリン分泌 (GSIS) で, GSISにおける刺激指数 (SI) を「20 mMグルコース刺激時のインスリン分泌量 ÷ 3 mMグルコース刺激時のインスリン分泌量」と定義した. 実験1では, ADSC播種から72時間後に回収した培養上清をRPMI-1640培地に0, 25, 50%の濃度で添加し, 20%あるいは1%O2条件下で膵島を24時間培養した. また, SDラットの新鮮膵島あるいはガラス化・加温した膵島をADSCと一緒に最大72時間まで, 20%O2条件下で共培養した. 実験2では, SDラット由来膵島・Brown-Norway (BN) ラット由来膵島のそれぞれをトリプシンで単一細胞懸濁液にした後, 低付着性Uボトムマイクロプレート上で偽膵島化させ, 直径と円形度の分布を調べた. そして, 作製したSDラット由来偽膵島とADSCを72時間まで共培養した. 【結果・考察】実験1:ADSC培養上清を添加して培養した時の膵島生存率は20%O2下では添加濃度に関わらず90%以上の高値で, GSISでも移植適正値の3.0を上回るSI値 (無添加区 4.9, 25%添加区 7.5, 50%添加区 6.1) を示した. 一方, 上清添加の有無にかかわらず1% O2下では膵島生存性とGSISの著しい損失が認められた. ADSCと新鮮膵島の共培養では72時間まで高い生存率を保ったものの, SI値は3.0以下となって膵島機能の正常性を担保しなかった. ガラス化・加温膵島とADSCとの共培養においても, 生存率・GSISの改善は認められなかった. 実験2:両ラット系統とも, サイズのばらつきが大きい単離膵島から直径100 µmより少し大きく真円に近い偽膵島に加工できた. 偽膵島の生存率はBNラットよりSDラットの方が有意に高かった一方, GSISにおけるSI値はBNラット由来偽膵島の方がSDラット由来のものより高い傾向にあった (8.4 vs. 4.8). ADSCとSDラット由来偽膵島を共培養したが, ADSCが偽膵島の機能を強化できると示す証拠は得られなかった。以上, ラットADSC培養上清は膵島生存性やGSISを改善する因子を含んでいる可能性が示唆されたが, ADSCとの共培養というアプローチでは膵島の機能回復・亢進に繋がらなかった. ADSCと膵島細胞が混在する偽膵島の作製など, 培養デザインの新規提案が必要かもしれない.