脊椎骨の頑健性評価

1. はじめに
街を歩いていると、おじいさんやおばあさんを昔よりもよく見かけるようになったような気がします。
世間で騒がれているように、確かに高齢化社会となりつつあるようです。

お年寄りにとって恐いものの一つとして、「寝たきり」が挙げられます。
特に、転倒などによる骨折によって突然、身体だけが不自由になり、寝たきりになってしまうのはなんとか避けたいものだと思います。
しかし、寝たきりになる原因の3位に「骨粗鬆症による骨折」が挙げられています (1位は脳卒中、2位は老衰だそうです)。

骨粗鬆症とは、骨密度(骨に含まれるカルシウムなどのミネラル量)が減ってしまうために発生する症状です。 このため、病院で骨粗鬆症の診察をうけると、X線や超音波を用いて骨密度を測定してもらえます。

しかし、これだけでは骨折の危険性までは評価できないと私達は考えています。
なぜなら、骨密度が高い、すなわち強度が高い箇所であっても骨体に作用する力が大きければ骨折してしまうし、骨密度が低い箇所でも作用する力が少なければ骨折はしないからです。
そのため、骨体の構造を考慮した診断システムの開発が望まれています。

私達はこれまでに個体別の応力解析を行う手法を開発してきました。 (「下顎骨の個体別有限要素解析」を参照してください)
この手法が骨粗鬆症の診断に役立つのではないかと考え、ラット脊椎骨の圧縮破壊実験と計算機シミュレーションによる応力解析結果とを比較し、結果を検討しています。

2. 研究の流れ
骨粗鬆症の診断に活用するためには、骨粗鬆症が原因で骨折が発生すると言われているヒトの脊椎骨か大腿骨を用いて解析するのがベストです。 しかし、解析の信頼性を評価するために実験を行なう必要があり、人骨を使って実験することは困難です。

そこで、ラットの脊椎骨を使って圧縮破壊実験を行い、解析結果から予測される箇所で実際に骨折が発生するかどうかを比較します。 (ラットさん、ごめんね)

研究の流れを下図にまとめてみました。
まず、ラット脊椎骨の上下には凹凸があり、そのままの状態では圧縮することが難しいため、樹脂で成形した試験片を作成します。
次に、この試験片をX線CT撮影します。 そして次からは実験と解析を並行して行います。
実験では、上下それぞれ4点、合計8点で破壊(骨折)が発生するまで荷重を加えます。
解析では、事前に撮影したCT画像から個体別モデルを作成し、実験から得られた荷重条件を用いて応力解析を行います。
最後に、解析から得られた骨折の危険性の高い部位と実際に骨折した部位を比較検討します。

flow chart

3. 骨折危険性の評価
先程、骨折の危険性を評価するためには「骨密度(強度)」と「力の大きさ」を考慮しなければならないと述べました。

下図左側は有限要素解析によって得られた応力分布をそのまま表示したものです。 脊椎骨の中央部分が全体に渡って高い値が得られていることがわかります。

下図中央はそれぞれの箇所の応力値をそこの強度で割って表示してみたものです。 この「応力/強度」が1を越えると骨折の危険性が高いと考えることができます。
この結果では、ピンク以外の色の箇所が骨折の危険性が高いことを示しており、左上から中央下および右側にT字型に骨折が発生する可能性が予測されています。

そして、圧縮破壊実験後の試験片を観察すると(下図右側)、「応力/強度」と同様に左上から中央下および右側にT字型の骨折線を見ることができました。

この結果から、骨折の危険性を評価する指標として「応力/強度」の値が有効ではないかと考えられます。

flow chart

しかし、実は他にもいくつかの試験片で実験と解析をしているのですが、このようにうまく一致しなかったものもありました。 実際に骨粗鬆症の診断に活用するためには100%の信頼性が求められることから、手法に見落しがないか、再検討しているところです。

なお、骨粗鬆症は普段の生活習慣を見直すこと(運動を心がける、偏食をしないなど)によってある程度は避けられるものだそうです。
骨折なんてせずに、ずっと元気に過ごしていきたいものですね!

(初稿 2002年4月 小関道彦)
(改訂 2009年4月 小関道彦)