(1)ポリロタキサンおよびその誘導体を用いた
新規な高分子材料の開発
ポリロタキサンとは、「超分子」の一種で、リング状の分子を直線状の分子(高分子)が貫通した、ネックレスや数珠に似た構造を持っています1)2)。線状分子の末端にはかさ高い分子が結合しています。リング状分子と直線状分子は化学結合していないにも関わらず、リング状分子は末端のかさ高い分子(オレンジ色の部分)があるため外に出ることはできません。しかし、線状分子の上を横に滑ったり、回転したりすることはできます。
ポリロタキサンを使って架橋した材料を作ると、応力が加わったり膨潤したりしたときに、架橋されたリング状分子が動き、架橋点が最適な位置まで移動する、「滑車効果」と呼ばれる効果が得られることが知られています1)2)。このような特性を生かして、内部に超分子構造を有する繊維3)やフィルム4)を調製し、他の高分子フィルムにはない性質を示すことを明らかにしてきました。また、リング状分子に様々な官能基を導入した、種々のポリロタキサン誘導体も調製しています5)6)。
本研究室では、シクロデキストリン(CD)と呼ばれるオリゴ糖のリング分子と、ポリエチレングリコール(PEG)と呼ばれる直鎖状合成高分子からポリロタキサンを調製し、新規な物性を有する材料の化学への応用を目指しています。
左(スマホ閲覧時は上):ポリロタキサン構造の模式図、右(スマホ閲覧時は下):架橋したポリロタキサンの通常時および膨潤時の模式図)
(動く側鎖を持つ”スライディング・グラフトコポリマーの調製)
(左:スライディング・グラフトコポリマーを架橋して調製したフィルム、右:架橋せずにキャストしたスライディング・グラフトコポリマー)
参考文献
1)(総説)(a) Araki, J.; Ito, K. Soft Matter 2007, 2, 1456–1473. (b) Ito, K. Current Opinion in Solid State & Materials Science 2007, 39, 489–499.
2)(ポリロタキサン繊維化)Araki, J.; Kataoka, T.; Katsuyama, N.; Teramoto, A.; Ito, K.; Abe, K. Polymer 2006, 47, 8241–8246.
3)(スライディング・グラフトコポリマー)(a) Araki, J.; Kataoka, T.; Ito, K. Soft Matter, 2008, 4, 245–249. (b) Araki, J.; Ohkawa, K.; Uchida, Y.; Murakami, Y. J. Polym. Sci. A Polym. Chem., 2012, 50, 488–494.
4)(ポリロタキサン誘導体)(a) Araki, J.; Ito, K. J. Polym. Sci. A Polym. Chem. 2006, 44, 6312–6323. (b) Araki, J. J. Polym. Sci. A Polym. Chem. 2011, 49, 2199–2209.
5)(ポリロタキサンーアミノ酸誘導体)Araki, J.; Kagaya, K.; Ohkawa, K. Biomacromolecules 2009, 10, 1947–1954.
(2)セルロース・キチンの微結晶を用いた
複合材料の開発
セルロースは、地上で最も豊富な天然高分子であり、木材・綿・麻など高等植物の細胞壁に多量に含まれている他、原索動物(ホヤの被嚢)や微生物(酢酸菌とよばれるバクテリア)によっても産生されます。ナタデココと呼ばれる食品は、酢酸菌の吐き出すセルロースフィブリルのゲルをよく洗浄し、シロップ漬けにしたものです。
キチンはセルロースに次いで豊富な天然高分子であり、エビ・カニなどの甲殻、イカの背骨、昆虫の羽根などに多く含まれています。キチンをアルカリ処理し、脱アセチル化して調製した高分子がキトサンです。下の図に示すように、セルロース・キチン・キトサンの化学構造は非常によく似ています。
左からセルロース、キチン、キトサンの化学構造式
(注:キチンの2位はすべてがアセトアミド基というわけではなく、一部は脱アセチル化しています。同様にキトサンにも一部アセチル化されている2位が存在します)
セルロースとキチンはどちらも高結晶性であり、生体内ではミクロフィブリルと呼ばれる棒状微結晶の形で存在しています。ミクロフィブリルは酸処理・酸化剤処理・酵素処理などによってバラバラになると同時に短く切り出され、ナノメートルサイズ(綿由来の場合、幅5-10 nm、長さ100-120 nm)の棒状結晶のコロイド分散液になります。
微結晶の分散液なので液晶性を示し、偏光板の間では美しい流動複屈折性を示します。さらに、臨界濃度以上に濃縮すると液晶相と等方相の二相に分離し、液晶相はキラルネマチック(コレステリック)液晶相になることが知られています。
また、微結晶の軸方向のヤング率は130-150 GPa、引張強度は数百MPaと見積もられており、複合材料の充填材(フィラー)としても非常に有効です。さらに、セルロース・キチンとも生分解性が高く、生物から生産されるため、環境負荷の低い材料でもあります。
(左:綿から硫酸加水分解によって調製したセルロース微結晶の電子顕微鏡写真、中央:濃縮して2相に分離したセルロース微結晶懸濁液、右:下側の光学的異方相の偏光顕微鏡写真)
本研究室では、セルロースやキチンから抽出した微結晶、およびその懸濁液に、表面修飾や高分子付加によって機能性を付与し、他の高分子材料と組み合わせた機能性複合材料の創製を目指しています。
参考文献
1)(総説)Araki, J. Soft Matter 2013, 9, 4125–4141
2)(微結晶懸濁液の粘性挙動)Araki, J.; Wada, M.; Kuga, S.; Okano, T. Colloids Surfaces A1998, 142, 75–82.
3)(微結晶懸濁液の液晶形成能)(a) Araki, J.; Wada, M.; Kuga, S.; Okano, T. Langmuir 2000, 16, 2413–2415. (b) Araki, J.; Kuga, S. Langmuir 2001, 17, 4493–4496.
4)(立体安定化微結晶)Araki, J.; Wada, M.; Kuga, S. Langmuir 2001, 17, 21–27.
5)(高配向微結晶を含む高強度・高弾性繊維) Uddin, A. J.; Araki, J.; Gotoh, Y. Biomacromolecules 2011, 12, 617–624.