顎運動表示システムの開発

1. はじめに
皆さんはアクビなどで口を大きく開けた時に、こめかみの辺りで「カクン」と鳴ることはありませんか?

歌手の森高千里さんが1994年にコンサートツアーを中止したのは「顎関節症」と呼ばれる病気のためでした。 同じ事務所の後輩である松浦亜弥さんも同じく顎関節症で2006年にコンサートを中止しました。 これらのニュースがきっかけで、顎関節症はメジャーな病気に仲間入りしたような気がします。

さて、それでは顎関節症とはいったいどのような病気なのでしょう?
顎関節症の3大症状は、

  1. 口を大きく開けることができない
  2. アゴがガクガクして音がする
  3. ものを噛むとアゴが痛む
なのだそうです。
これらの症状がでたら、「私は顎関節症なのかも」と自覚できるのですが、 アゴそのものに症状が出なくても、顎関節症が原因で頭痛・肩こり・腰痛・自律神経失調症などが発症することがあります。 こうなると「たかがアゴ」とバカにしてもいられませんよね。

冒頭で触れた、こめかみ付近で音がするという症状は、病院に行くと「軽い顎関節症」と診断されることと思います。 でも、アゴそのものに症状がない時には、ずいぶん回り道をしてからようやく、「私は顎関節症だったのかぁ」ということになります。
また、顎関節症がどの程度悪いのかを調べるためには、外科的な処置で患者さんに大きな負担を強いる手法や、豊富な経験を積んだ医師でなければ診断できないような手法が用いられています。

確かに歌手の皆さんは大きく口を開ける機会が多いため顎関節症になりやすいのかもしれませんが、決して歌手に限った病気ではありません。 私達のように普通に生活していても発症する可能性はあるのです。
アメリカでの統計によれば、米国総人口の75%もの人が顎関節症の徴候を一度や二度は感じていると報告されています。 このように多くの人が患っている病気であるため、診察時の患者さんの負担を少なくし、結果を分かりやすく示す診断システムが求められています。

2. 個体別顎運動表示システム
私達は、顎関節症の患者さんにできるだけ優しい(痛くない・わかりやすい・費用が安い)診断手法を実現するため、個体別顎運動表示システムを開発しています。

このシステムを用いた顎関節症の診察は次の流れで行われます。
まず、顎運動を測定するための標識点を患者の歯列に装着します(1)。
そして、この標識点を装着した状態でCT撮影し(2)、そのデータから上下顎骨の3次元モデルを作成します。 また、CTデータから標識点と顎骨の位置関係を算出します。
この間、患者さんにはカメラの前で口を動かしてもらい、標識点の運動を測定します(3)。

flow chart of this system

最後に、こうして得られた運動データで、上下顎骨の3次元モデルをPC上でグラフィック表示します。 このシステムを用いることによって顎関節部の運動を視覚的に把握することが可能となり、これまでよりもさらに適切な診断が行えるようになると考えています。

surface model

このシステムの特徴をまとめると次のようになります。

  1. 光学的手法による運動の測定
    非侵襲に顎運動を測定することが可能となるので、患者さんにあまり負担をかけずに診察することができます。

  2. 顎骨の3次元モデルで顎運動を表示
    顎運動を視覚的に表現するので、医師にも患者にも症状をわかりやすく示すことができます。

  3. CTデータから顎骨形状をモデル化
    患者さんごとの顎骨形状がモデル化され、その運動が表示されるため、個人差を考慮できるようになります。

  4. 表示システムの簡便化
    OpenGLという3次元表示方法を使用しており、簡単なマウス操作で任意に視点を変更することができます。

3. 開発状況
これまでの研究で、測定精度の向上や表示システムのインタフェースの改良を行い、少しずつ進化したシステムになってきました。 現在は、顎関節症の患者さんへの適用を試験的に実施し、実際に臨床で活用するための技術課題を一つずつクリアしていっている段階です。

高級な装置を使って高い精度を実現しても、それでは患者さんのお財布に優しくないシステムになってしまうでしょう。 これを解決するためには、精度の追及と装置の簡便化という、一般的に相反する命題を共に満たす必要があり、いろいろと工夫を重ねています。

(初稿 2002年4月 小関道彦)
(改訂 2009年4月 小関道彦)