X線CTを用いたデバイスの非破壊検査

1. はじめに
X線CTは、被写体を壊さずにその内部構造を観察する技術です。 このX線CT装置が発明されたことにより、人体の走査診断技術は飛躍的に進歩し、現在では臨床に広く活用されるようになりました。 もしかしたら皆さんも病院でX線CT装置のお世話になったことがあるかもしれませんね。

一方、最近では製造技術の進歩により複雑な内部構造を有する微小な人工物が作られるようになってきました。 例えば、デジタルカメラの光学ズームレンズは、光を通すガラスレンズにモータなどの駆動用の部品や制御用の電子部品などを正確に組み合わせることによって実現されています。 そして皆さんがご存知の通り、デジタルカメラは新しい製品が発表されるごとにどんどん小さく高性能になっているのです。

このような電子機械デバイスの品質を保証するためには、組み立てた状態のまま検査する技術が欠かせません。 このため、デバイスを壊さずに検査する「非破壊検査」と呼ばれる分野でも、X線CTが有用であると期待されています。

しかし、工業分野でX線CTを活用する際には、技術者を悩ませる大きな問題が一つあります。
それは、前述のズームレンズのように様々な材料で作られた人工物の場合には、CT画像にひどいノイズが現れて観察が難しくなってしまうことが多いのです。

2. X線CTの原理
CT画像のノイズについてお話しする前に、CT画像がどのようにして計算されるのか簡単に説明してみましょう。
X線CTで対象物の断層画像を得るためには、2つのステップが必要となります。 すなわち、対象物の周囲からX線を照射する「投影」と呼ばれるステップと、そこから得られるデータに基づきCT画像を計算する「逆投影」と呼ばれるステップです。

  1. 投影
    X線CTでは、様々な方向からX線を照射し、そのX線が被写体によってどのくらい吸収されたかという情報が必要となります。 病院にある人体用のX線CT装置の場合、ベッドの上に大きなドーナツ型の機械がありますが、このドーナツの中ではX線源とX線センサがグルグル回転しているのです。
    さて、例えばX線吸収係数が下図の3×3のマス目のように分布している対象物があったとします。 X線源から出たX線は被写体の中を通り、反対側のセンサに到達します。 検出器が読み取った情報のことを投影データといいます。
    この例ではX線吸収係数が0の場所と1000の場所しかないので、投影データもこのように簡単なものになっています。

    projection

  2. 逆投影
    次に投影データからCT画像を再構成します。 この画像再構成については数学的なややこしい説明も可能なのですが、最も直感的に分かりやすいのは「投影の逆を行う=逆投影」と言う考え方でしょう。 すなわち、各投影データをX線ビームに沿って下図のように重ね合わせ、最後に方向数(この例では4)で各画素を除算するのです。
    図に示す例では最も単純に投影データをそのまま重ね合わせているだけですし、4方向からのデータしかないので元の画像とはちょっと違っています。 でも中央は1000に戻っていますね。 実際には、数百方向からの投影データに対してフィルタをかけてから計算するので、理論上はほぼ元通りのデータを復元することができるのです。

    Back-Projection

どうでしょう、ここまではそれほど難しくないでしょ?

3. メタルアーチファクト
しかし、はじめにお話ししたように被写体によってはひどいノイズがCT画像にあらわれてしまいます。
下図の左側は、ボタン電池が内蔵されている電子部品のX線CT画像です。 ボタン電池の断面が非常に明るくなっており、そこから放射状の明暗が生じています。 それにより、ボタン電池の周囲を囲む樹脂部品の一部が暗くなり、まるで孔が空いているように見えています。 もちろん実際にはちゃんと繋がっていましたよ。
また、下図の右側はヒト頭部のX線CT画像になります。 画像の上が顔、下が後頭部であり、ちょうど歯のところの断層画像です。 どうやら奥歯に虫歯治療のための金属が埋められているらしく、そこから放射状のノイズが生じてしまっているので、これじゃ何が何だかさっぱりわかりませんよね。

このように被写体に金属が含まれることによって生じるノイズのことを、メタルアーチファクトと呼んでいます。

Metal Artifacts in CT images

メタルアーチファクトが生じる原因は、実は、X線CTの原理の説明で出てきた投影データに矛盾が生じてしまっていることによります。

矛盾が生じる原因について説明すると非常に長くなってしまうのですが、簡単に言えば、「実際のCT撮影に用いるX線は頭の中で考えた理想的なX線とはだいぶ違うため」です。 理想的なX線を得るためには膨大なエネルギーと巨大な装置が必要となるので、一般的なX線CT装置ではもっと簡単に得られるX線を用いています。 そのため「理論的には正しいのだけど実際にはアーチファクトが発生しちゃう」という状況となってしまっているのです。

この研究では、一般的なX線CT装置で得られる投影データから、理想的なX線で得られる投影データを計算によって求めることによってアーチファクトの低減を試みています。

4. おわりに
メタルアーチファクトの問題はありますが、やっぱりX線CTはとても便利で役立つ技術です。 ちょっと歴史を振り返ってみましょう。
1895年、ドイツの物理学者であるレントゲンさんがX線の発見を報告し、その功績によって1901年に第1回ノーベル物理学賞を受賞しました。 その後80年ほどたってから、このX線というすでに知られた物理現象を上手く扱うことによって被写体の断層画像を計算するX線CTを開発した業績により、イギリスのハウンスフィールドさんとアメリカのコーマックさんが1979年にノーベル生理学・医学賞を受賞しました。

世の中には、私達があたりまえだと思っている物理現象がいっぱい転がっています。
でも、そんなあたりまえな現象でもX線CTのように上手く扱うことができれば、全く新しくて素晴しい技術を生み出せるかもしれないのです。

普段とはちょっと違う視点で物事を眺めてみませんか。

(初稿 2009年4月 小関道彦)